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赤塚真人

日輪高校・木原

日輪高校野球部の投手。 夜間外出禁止となっているにもかかわらず、さやかをボーリングに誘おうとするが、そこへ補欠部員の片山が現れ止めに入る。 面白くない木原たちは翌日、さやかたちも観戦している練習試合の片山の打席で三振をさせ恥をかかせる。


彼らたちが口ずさんでいた曲は1972年にヒットした平田隆夫とセルスターズの「悪魔がにくい」でした。 「小さな恋のものがたり」の山下役でもなかなかの3枚目キャラです。

(あかつか まこと、昭和26年(1951年)3月19日- )俳優。茨城県出身。 *‘まさと’と呼ばれがちだが‘まこと’である。 ろくに働かず、家に居つかなかった父親が、久しぶりに帰宅した時に誕生した為、「真人間になりますように」の願いを込めて名づけられた本名をそのまま芸名にしている。


茨城県日立郡富田村に生まれる。その後、家族とともに上京し、昭和41年(1966年)江東区立第三中学校を卒業する。劇団ひまわりを経て東宝に入る。子役、青年役で映画出演。その後、松竹映画『同胞(はらから)』忠次役での軽妙な演技が認められ売れっ子となる。その後も『幸福の黄色いハンカチ』『男はつらいよ 知床慕情』など山田洋次監督作品に出演する。[三枚目]かつ善良な庶民的人物を演ずることが多いが、シリアスな役柄や近年は[悪役]を演ずることもある。
山田洋次監督の藤沢周平原作3部作にも、主人公の同僚下級武士役で出演。スクリーンに登場するだけで笑いを誘う。次回作『母べえ』(吉永小百合主演)にも出演が決まっている。
2007年1月30日から2月3日まで、千代田区内幸町ホールでの演劇『掌(たなごころ)一杯の温もりー親子戦争ー』の主演を務めた。 これは、昭和40年代人気を博した日本テレビ日曜夜8時の青春学園シリーズ(日本テレビ・東宝製作)でメイン監督を務めた高瀬昌弘監督の病後復帰作。 赤塚は、1967年に『でっかい青春』でデビュー、翌年の『進め!青春』にも出演し、高瀬監督に教えを受けた。今回は、恩返し出演。
私生活では、女子・男子二人の子供に恵まれたが、子供が幼い時に離婚。妻は出て行き、残された子供二人を男手ひとつで育て上げた苦労人。 尚、このエピソードは、「子供が幼い時に、妻は買い物に出かけて帰らないまま15年が過ぎ去った。」と笑いのネタにして『小堺一機のごきげんよう』で披露している。その喋りの面白さは絶品で、『ごきげんよう』に出演する度に、年間MVPや月間MVPを受賞している。
義理や友情を重んじる昔気質で、友人がパーソナリティを務める山形放送ラジオ「なつメロリクエスト電話でこんばんは!」に無償で頻繁に出演。
本人は、山形でのラジオ出演やトークショーで話術を鍛えたと語る。


主な出演映画

心中天網島
八月の濡れた砂
高校生無頼控
同胞
男はつらいよ寅次郎純情詩集
俺たちの時
幸福の黄色いハンカチ
新宿馬鹿物語
あゝ野麦峠
ガキ大将行進曲
青葉学園物語
せんせい
母さんの樹
男はつらいよ知床旅情
男はつらいよ寅次郎の青春
どら平太


主なテレビドラマ

1967年(昭和42年)‐1968年(昭和43年) でっかい青春(日本テレビ)
1968年 進め!青春(日本テレビ)
1972年 (昭和47年) ウルトラマンA(TBS)
1972年 小さな恋の物語(日本テレビ)
1974年 (昭和49年) 青葉繁れる(TBS)
1975年 (昭和50年) 剣と風と子守唄(日本テレビ・三船プロ)
1979年 (昭和54年) ちょっとマイウェイ(日本テレビ)
1983年 (昭和58年) 高校聖夫婦(TBS)
1983年 壬生の恋歌(NHK)
1987年 (昭和62年) まんが道・青春編(NHK)東山記者役
1987年 仮面ライダーBLACK(TBS)
1988年 (昭和63年) 仮面ライダーBLACK RX(TBS)佐原俊吉役
1989年 (平成元年) 鬼平犯科帳(フジテレビ)
1990年 (平成2年)  特警ウインスペクター(テレビ朝日)19話 森田刑事役
1992年 (平成4年) 喧嘩屋右近(テレビ東京) - シリーズ化され、93、94年も放送。



ウィキペディアより

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