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森川信

大島の偽りの父親

身分を隠し名前を変えてパパの会社で働くまどかは当然青木家が実家だとはみんなには言えない。 そこで、出身は大島だということにしてあったのだが、今回その伊豆大島に新人ガイド全員で1泊2日の旅行が決まってしまった。 もちろんタダで泊まれるはるかの実家?に行くというのである。 困ったはるかはパパに相談の結果、軍隊時代の友人がいるとのこと。 大島についたはるかたちは偽りの両親とご対面。 しかし、親子?の会話がどうも他人行儀... 変に思うガイドたちだが...


「おくさまは18歳」大山園長役の森川信さんの登場です! さすが喜劇役者だけありますね! ...このオリジナル放送が1972年2月8日でした。 その約1ヵ月半後... とっても残念です...(第19話に出演)

(もりかわしん 1912年2月14日 - 1972年3月26日)は、昭和時代に活躍した俳優・コメディアン。本名は、森川義信。「男はつらいよ」の初代おいちゃん役の俳優として現在ではよく知られているほか、江利チエミ主演の「サザエさん」シリーズの波平役でも有名である。コミカルな演技が多く、映画・演劇界で大いに活躍した人物であった。


神奈川県横浜市南区に出生。銀行に勤める傍ら、役者になるために演劇学校に通う。31年に遠戚にあたる俳優・静香八郎と共に俳優の道へ。1932年に静香八郎主演「肉弾三勇士」に死体役としてデビュー。その後、一座を組んで浅草で芝居等を試みるが、浅草演劇界では既にエノケンこと榎本健一とロッパこと古川緑波が君臨し、競合を余儀なくされた。その後、大阪、名古屋、京都、博多など各地を転々とする。この頃はシミキンこと清水金一や、田崎潤、淀橋太郎などを知る。大阪を活動の拠点とし、東京の浅草に対抗した。1934年に「森川信一座」を結成し座長となる。戦中期は大陸へ赴き、各地で慰問も行った。この頃に演技能力が坂口安吾に絶賛された。1943年に松竹と契約山茶花究らを知る。1948年より数年間岸井明と「のらくらコンビ」を組み、コミカルな演技で人気を得る。1953年にフリーとなり、シリアス〜コミカルな演技までこなすようになる。やがて、テレビが誕生し、テレビでの出演も多くなってきた。60年代以降、新宿コマ劇場での喜劇が評判となり、コマ劇場での主導的な立場となっていった。1963年には渥美清主演「拝啓天皇陛下様」に出演、1966年にはTBS系列の「サザエさん」の波平役として出演し、作品自体が舞台でシリーズ化され森川の代表的な作品の一つとなった。
1969年より始まったシリーズ「男はつらいよ」のおいちゃん役(車竜造)を演じ、コミカルな演技で人気を博す。作品自体も大好評で後に日本映画史上に名を残す作品となった。「男はつらいよ」シリーズも人気シリーズになりかけていた頃、兼ねてから煩っていた肝硬変が悪化し、1972年に死去。60歳だった。


主なテレビドラマ

TBS おくさまは18歳(1970〜71)


ウィキペディアより

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